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北の国から

お届けする雑記

パーティをする意味。

同級生の訃報が届いた。

しかしそれはもう2ヶ月以上も前のことになる。

私の母が通っている美容室には、私の小学校から高校まで一緒だった昔の友人の母親も通っているのだが、そこで私の友人の母親から聞いたらしい。

友人が地元の新聞を読んでいる時に目に入ったお悔やみ欄に高校の同級生の名前があったそうだ。
同級生なのでもちろん年齢も同じで、しかし信じられなかったのでその同級生と同じ部活だった知人に聞いてみたところやはり思い当たる本人だった、との事だった。

 

私もその話を聞いたときは信じられなくて、ネットで調べてみるとニュースがあったのでようやく本当なのだと認識できた。

詳細を書くのは色々な方に迷惑をかけてしまうので控えさせていただきますが、事故だったらしい。
ご家族の方の心境はいかほどのものか察するに余りある。故人のご冥福をお祈りします。

 

 

その同級生とは高校の頃3年生の時だけ同じクラスだった。運動部のレギュラーでみんなから好かれているような人だったと思う。私は3年生の頃はあまり学校に行っていなかったのでクラスの雰囲気すらあまり知らないのだが。儚げな雰囲気は1ミリも無いような人だった。だからこそ皆「どうして彼が」と思っただろう。
その場にいる誰の身に起きてもおかしく無い出来事だった。
私は話した事は一度も無かった気がする。なので向こうは私の事を覚えていなかったかもしれない。
でも、祈らずにはいられない。

 

実は同級生の訃報の半月ほど前に、私の祖母が亡くなっている。何の前触れもなかった。亡くなった日の朝も好物の揚げ出し豆腐を食べながら「今日の揚げ出し豆腐は美味い」と言っていた。普段から食べているスーパーのお惣菜なのだから味はいつもと変わらないはずなのに、と私は思った。
きっと家族全員同じことを考えていた。

 

 

祖母は亡くなる2週間ほど前に誕生日を迎えたばかりだった。でもパーティはしなかった。

いつからか我が家では誕生日パーティをする習慣がなくなっていた。誰かが誕生日を迎えても軽く「あっ。今日は誕生日だったね〜。おめでと〜。」とか言って終わる。ケーキはたまに1ピースづつ買ってきたものを食べたりする。その程度のものになっていた。

幼少期はホールのケーキにろうそくを立てて祝ったりしていたが段々とやらなくなったのだった。歳を重ねるにつれ要求しなくなったからだろう。

 

あたしンち」というマンガに立花家の長女みかんが友人に「うちの親は誕生日なんて子供がものを欲しがってねだってくる厄日だと思っている」と話す回がある。

私も幼い頃は誕生日というのは、欲しいものを何でも1つ買って貰える日だと認識していたかもしれない・・・。

 

誕生日パーティひとり1年に1度しか出来ない。他の人の誕生日パーティに参加する事は出来るが、自分の誕生日パーティはやはり年1度しか出来ない。

 

毎日同じ日々が続くとみんな思っている。だから今まで続いてきた時間は当たり前のものでは無かったと誰かがいなくなってから強く思う。

「いつか」してあげようと考えていたいつかがもう永遠に来ないのだと気がついてから一緒にいた時間の尊さを知った。

 

 

当たり前だと思っていた日々は当たり前ではないのだと最確認することがパーティをする意味ではないだろうか。
ただ盛り上がるだけではパーティにならない。
ウェーイ!!!!とかやっているやつね。

歳を重ねられるのは当たり前なんかじゃないって改めて思いました。

この日をまた迎えることが出来て良かったね、これからも続くといいねって言える機会をこれからはもっと大切にしたいなと思うのでした。